ボワリー・バーにおける愛・2
ボワリー・バーの私のテーブルには、3人の男がいたわ。
まずパーカー、32歳の小説家で、彼の書く小説でハッピーエンドをみたことがないわ。
それにパーカーの彼氏のロジャー、最後に芸能弁護士のスキッパー・ジョンソンね。
スキッパーは25歳で、「愛」を信じないジェネレーションXの典型みたいな人よ。
「僕は運命の人に会って結婚するなんてこと信じないね」
スキッパーは言うの。
「恋愛ってものは激しすぎるんだ。愛を信じていたら、終いには失望するしかない。誰も信じられないよ。最近は本当に堕落したやつばかりだから。」
「でも、いいことだってある。」パーカーが言い出したの。
「言い訳になるしね。」
スキッパーは聞いちゃいなかったわ。
「25年前に比べると、今の世の中はひどいもんだ。なんで僕はこんな世代に生まれたのかと思うと気分が悪いね。金もエイズも人間関係も全部、つながってるんだ。僕の同世代のやつらは、安定した職業につけるなんて思っていない。金の心配をしなくちゃならない時に、約束だの結婚だの言っていられないよ。」
彼の皮肉はよくわかるの。
最近私自分でも恋愛なんていらないと思うのよ。
だって、運良く結婚できればいいけれど、そうでなければ何にも残らないわ。
スキッパーはドリンクをあおったわ。
「どうしようもないんだ。」
そして叫んだの。
「薄っぺらな関係はごめんだから、それなら何もしない。セックスも恋愛もなしだ。そんなもの必要あるか?全部病気だとか妊娠だとか災いの種になるじゃないか。僕は何にも怖くない。性病も精神病もストーカーもないからね。友達のままでいて、楽しくおしゃべりをしてすてきな時間を過ごしたほうがいいじゃないか。」
「君はおかしいよ。」
パーカーは言ったの。
「お金の問題じゃないだろ。付き合っていても金銭的にどうしようもないことはあるけど、何か他のことで助け合える時はある。気持ちはお金でははかれない。みんな誰かしら大切な人が必要だよ。」
私は以前ある理論をもっていたの。
ニューヨークで唯一愛だの恋だのを見つけられるところがあるとすれば、それはゲイ・コミュニティ。
ゲイの人はまだとんでもない情熱を持っている。
引き換え男女の愛はあやしげなものになったわ。
この理論の根拠は、最近小耳に挟んだある億万長者の話なの。
彼は「若い男のために」奥さんと別かれたのよ。
そして勇敢にもその彼氏を同伴して、マンハッタンの最高にトレンディなレストラン、つまり芸能記者がうじゃうじゃいる場所に現れたわ。
ああ。
ここに真に恋する人がいるじゃないの。
パーカーも私の理論を証拠立ててくれてるわ。
例えば、パーカーが始めてロジャーとデートしたとき、彼は気分が悪くなってしまったの。
ロジャーは彼のお家に来て夕食を作り介抱してあげたわ。
男女の仲ではこんなことは絶対に起こらない。
もし男性がデート中に気分が悪くなって、相手の女性が介抱してあげたいと言い出したら、その男は動揺するでしょうね。
「この女はやさしい振りして僕の生活に入ってこようとしている・・・。」
と考えるかもしれない。
女性はまず家には入れてもらえないわね。
「愛は危険だ。」
スキッパーが言ったわ。
「愛が危険だってことを知ると、愛が貴重なものに思えてくる。そして愛を守るために必死になるんだ。」
パーカーの言よ。
「でも恋愛ってのは自分でコントロールできないものだ。」
スキッパー。
「ばかだな。」
パーカー。
ロジャーはスキッパーに仕掛けてみたわ。
「じゃあ、古典的なロマンチストはどう?」
私の友達のキャリーが会話に食いついてきたわ。
彼女そういうタイプを知っていたの。
「男に‘僕ってロマンチスト’宣言をされると、いつも悲鳴を上げたくなるわ。」
キャリーは言ったわ。
「それはね、つまり彼がロマンチックな彼女像を作り上げているってことなのよ。女が現実に立ち戻って彼の妄想に付き合うのをやめてしまえば、彼はその女に興味を無くすの。だからロマンチストって厄介なのよ。やめたほうがいいわ。」
あら。
そんなロマンチストの一人が、危険も知らずに私たちのテーブルにやってきたわ・・・。